さて、前回は「音」が深い意識下でコミニュケーションできる手段であることを書きました。

私たちは普段会話をすることでコミニュケーションをとっていますが、身振りや声のトーンなど、非言語的のメッセージ量が65~70%とされ、言葉によるコミニュケーションは30~35%と言われています。

また面白いことですが、前者の方が真実である傾向が強いんだそうです。・・・隠せないんですね。笑

それは演奏においても、人間そのものが出てしまうという点で「嘘がつけない」といわれています。・・・心を磨かねば・・・( ´艸`)

非言語的なコミニュケーションがもつ特徴

非言語的コミニュケーション


情報量が多い、非明示的、非象徴的、全体的、多層的、身体的、感情的、描写・表現の幅が広い、奥が深い、擬音的、音響模倣的、定形表現につかわれる、同期的、サブメッセージや無意識なメッセージを載せやすい、など


いくつかは、私たちの経験からぱっと思い当たるものもあったと思います。
特に多面的・多層的なコミニュケーションができることは特に素晴らしいと思います。例えば悲しみの中にはかない美しさを含ませたり、喜びの中にかすかな不安を織り込んだり・・・。

こういったことは、直接的には音楽でしか表現できないのではと思ってしまいます。

音によって感じられること

一つの音、またはフレーズを聞いて涙が止まらなくなった経験はありますか?

音にはその場の雰囲気や空気感を一気に変えてしまうエネルギーをもっていて、それによって不思議な感情を感じたり、癒されたり心地よくなったり気がほぐれたりという経験は誰しもあると思います。

その元になるのは、音響やそれを作る倍音です。

言語的な要素が強いイメージのある朗読語りにも音響要素が含まれるので、言葉以上の沢山の情報を私たちは知らず知らず受け取っている事になります。落語も然り。

演奏(音楽)のその先にあるもの

同じ音や音響、時空間や雰囲気を共有することによって、超自然的なコミニュケーションが生まれ、また自分との対話ができることも大きな特徴です。

自分という「個」から、集団意識といったものにつながるといいます。

 

フルートを含めた西洋楽器による音楽は西洋が発祥ですが、日本の昔からある音楽(民謡やわらべ歌など)や踊りを今の若い世代は、ほとんど知らないのではとレッスンをしていて感じます。

戦後の日本の音楽教育から省かれてしまったこと、核家族化が進み歌い継がれにくくなってしまったことが、日本の世代を超えたコミニュケーションツールを失ってしまったことになります。

現代社会で社会的なストレスやうつ、虐待、犯罪などが多いのは、このコミニュケーション不足が一つの原因でもあるのだそうです。非言語的な無意識の域でのコミニュケーションが少なくなっているのですね。

生の歌や演奏が表現できる微妙な感覚・感情というのは、生の音の中により多く複雑に含まれているのです。

「音」の力って無限で、まるで宇宙のようですね!